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代表取締役社長の市川 英次でございます。地域の皆さまからのご期待に応え、愛される会社になれるよう、従業員、従事者の先頭に立って精進していく所存でございます。
ヤクルトの歴史は創始者である医学博士・代田 稔が微生物の研究中に強化培養することに成功した乳酸菌 シロタ株を1935年に乳酸菌飲料「ヤクルト」として発売したことに始まります。それ以来、ヤクルトの商品を、一人でも多くの人にお届けしたいという熱い想いを実現するために全世界のヤクルトの従事者が努力を続けてまいりました。今では世界40の国と地域(日本を含む)で、一日4,200万本以上(2023年3月実績)を皆さまにご愛飲いただいております。
湘南ヤクルトにおいても、設立から55年以上の長きに渡り、地域の皆さまに支えられ、数多くの方々にヤクルトの商品をご愛顧いただき、心より感謝申しあげます。従事者一同、地域のすべてのお客さまがヤクルトの飲料や化粧品の愛用をとおして、より健康でより美しくなっていただけるよう日々活動を続けてまいります。また、地域に根差したさまざまな活動を通じて、地域社会に少しでも貢献できるよう幅広く事業活動を展開したいと考えています。
ヤクルトの歴史は創始者である医学博士・代田 稔が微生物の研究中に強化培養することに成功した乳酸菌 シロタ株を1935年に乳酸菌飲料「ヤクルト」として発売したことに始まります。それ以来、ヤクルトの商品を、一人でも多くの人にお届けしたいという熱い想いを実現するために全世界のヤクルトの従事者が努力を続けてまいりました。今では世界40の国と地域(日本を含む)で、一日4,200万本以上(2023年3月実績)を皆さまにご愛飲いただいております。
湘南ヤクルトにおいても、設立から55年以上の長きに渡り、地域の皆さまに支えられ、数多くの方々にヤクルトの商品をご愛顧いただき、心より感謝申しあげます。従事者一同、地域のすべてのお客さまがヤクルトの飲料や化粧品の愛用をとおして、より健康でより美しくなっていただけるよう日々活動を続けてまいります。また、地域に根差したさまざまな活動を通じて、地域社会に少しでも貢献できるよう幅広く事業活動を展開したいと考えています。
これからも湘南の青い海、青い空のような爽やかな笑顔を常に忘れず、一人でも多くの地域のお客さまにご愛顧いただき、健康で明るい社会づくりに貢献するように精一杯務めてまいります。今後とも湘南ヤクルトへのご支援を賜りますようお願い申しあげます。
代表取締役社長 市川 英次
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いまに伝えたい、あなたに届けたい。ヤクルトの父 代田 稔の、人々の健康を願う、優しさと思いやり。
世界の国や地域で毎日4,200万本以上(2023年3月現在)が愛飲されているヤクルトの乳製品。その原点は、代田 稔というひとりの医学博士の、人々の健康を願う情熱です。
大正10年(1921年)、代田が大学で医学の道を歩みはじめた当時の日本は、まだ豊かとはいえず、栄養状態の悪さから感染症で命を落とす幼い子どもがたくさんいました。そんな現実に心を痛めた代田は、「予防医学」を志し微生物研究をスタート。 代田は、おなかの中の悪い菌を抑え、人の健康に有益なはたらきをする乳酸菌に着目。昭和5年(1930年)、その強化培養に世界で初めて成功し「乳酸菌 シロタ株」を見出しました。
乳酸菌 シロタ株
昭和10年(1935年)、「誰もが手に入れられる価格で」という代田の考えに基づいた乳酸菌飲料「ヤクルト」の販売を開始。腸を丈夫にすることが健康で長生きにつながるという「健腸長寿」の考え方とともに、日本全国へ、やがて海外へとひろがっていきました。
私たちはこれからも、代田の人を想うあたたかな気持ち、生命科学への飽くなき探究心をいまに伝え、健康で楽しい毎日を、あなたとご家族の皆さまにお届けしていきます。 |
代田 稔(しろた みのる)のプロフィール
1899~1982
医学博士 株式会社ヤクルト本社 元代表取締役会長兼中央研究所所長 生涯を腸内菌の研究と予防医学の普及に捧げ、昭和57年、82歳で生涯を閉じる。
ヤクルトの原点「代田イズム」
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七里ヶ浜から江ノ島を眺める
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